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南阿蘇村の温泉について

付近一帯から集まる雨水は巨大なカルデラに注ぎ込まれ、現在の南阿蘇村立野の付近から流れ出し、白川に沿って有明海へと向かいながら肥沃な熊本平野を形作る事となります。

長い時間を掛けて集中的に湖水が流れ出していた立野付近は徐々に侵食が進み、やがてカルデラ湖を維持する為の堤防としての役割を果たせなくなり、カルデラに流れ込んでいた雨水や湧水は白川や黒川として流れる事となり、南阿蘇の大地は地上に姿を現す事となりました。

長年、湖の底であったという肥沃な土地と豊かな水資源は人々にとって住みやすい場所であり、その事を裏付けるように「陽の丘遺跡」など村内に古墳時 代の遺跡を見る事ができ、南阿蘇では早くから人が生活していて、村内に湧き上る温泉を日常的に利用していた事は容易に想像する事ができます。

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日本では古くから温泉の効能を用いて傷や病を直す「湯治」という考え方が根付いていて、各地に武将が傷を治す為に使った、野生動物が傷の治療に使っ ていた事が温泉発見のきっ かとなったといった伝説が数多く残され、日本人と温泉、入浴や飲泉による治療法との関わりの深さを示しています。

また、仏教において入浴を「病を退け、福を招くもの」として奨励した事や、僧侶が度々施浴を行った事も湯治の普及に大きな影響を与えています。そう した 文化的背景に加え、江戸時代に入って戦乱の世が終焉を迎えた事により、兵役に出る必要が無くなった農民達の間でも農閑期という時間ができた事から、蓄積し た疲労や疾患を湯治に訪れる事で癒すという習慣も生まれ、温泉治療が国民的なものとして浸透する事となります。

優れた効能と多彩な泉質を持つ南阿蘇の温泉も高い評価を得る人気の湯治場となる事が考えられたのですが、南阿蘇の温泉は肥後藩に属する武士の中でも 城に 登城する事が許されている藩士以上の高い身分の武士、もしくは一部の僧侶にしか訪れる事が許されない、武士の場合、帯刀して訪れなければならないという非 常に格式の高い湯治場となっていました。

それは当時、最新にして重要な軍事技術であった火薬作りに欠かせない良質な硫黄を産出する土地であったという戦略的な位置付けに併せ、藩内の数ある温泉地の中でも確かな効能を備えた重要な温泉療法の場所として位置付けられていた事が判ります。

明治以降、一般庶民にも開放された南阿蘇の温泉は、かつての格式張った部分が失われ、訪れる者に癒しのひと時を与えるやすらぎの温泉郷となり、今 日、その多彩な泉質は宿を変えるだけでも違ったお湯を楽しむ事ができるほどのバラエティーに富み、訪れる者を飽きさせない出で湯の里となっています。

写真提供:地獄温泉 清風荘


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